2010年05月10日

川も森も死んだ

 9日の朝日新聞朝刊で、パプアニューギニアの銅山、オク・テディ鉱山による被害が一面に掲載されていた。「川も森も死んだ」という大見出しで、いかにも朝日らしい書き方だと思いながらも、記事を読んだ。
 普段ならこの手の記事に目を止めない我輩であるが、実は先日(7日)足尾に行ってきたばかりなのである。栃木県日光市足尾町、あの公害で有名な足尾銅山である。観光地日光に近く、足尾から山一つの所に中禅寺湖がある。

 なぜ足尾に行ったのかと言うと、我輩の身内が勤める某外資系企業が、日本での社会貢献ボランティアの一環で、足尾に植樹をすることになり、その下見にその身内の者が行くというので付き合ったのだ。

 その昔、製錬所の煙突からでる煙、亜硫酸ガスなどによる煙害で、一面禿山となった足尾の山々に、緑を復活させようとする植樹事業は、現在、国土交通省とNPO法人「足尾に緑を育てる会」が進めている。今回の植樹は、その「足尾に緑を育てる会」を通じて行うことになっている。
 応対してくれた「育てる会」のA氏は言う。
 「今でこそ草木もはえ、山に緑も多く見られるが、私が子供のころは見渡す限り地肌がむき出しの禿山で、遠足の時など道端に草の一本も見つければ、それこそ珍しいといった状態でした。」 A氏の年齢は見たところ60代くらいであろうか。
 煙はある高度までしか上がらないので、頂上までは達しなかったようで、禿山のてっぺんに毛がチョロンチョロンというような形容をして、当時の様子を話してくれた。
 A氏たち地元のグループが、花見がしたくて桜の木を植えようとした、というのが一番初めのきっかけで足尾の植樹は始まった。その後、国も乗り出し、A氏らのグループも現在はNPO法人となって、進められている。
 既にかなり広い範囲に植樹がされてきているが、この山が本当に緑となるのはまだまだ先のこと。この事業が、次世代、次々世代と受け継がれていって、漸く達成される事なのであろう。

 足尾銅山は今や公害を出す山ではない。足尾製錬所は、実は日本で初めて公害(煙害)を出さないように改良された製錬所である。ちなみに世界では2番目とのこと。そして、その技術は世界に広がっているというのだ。しかし、足尾の山に本当の緑が戻るのは、何十年も先(もしかすると百年以上先?)なのである。

 パプアニューギニアの記事を冒頭に書いたが、世界には、まだまだ、かつての足尾銅山のような所がある。地球環境問題が叫ばれる昨今であるが、日本や先進国と呼ばれる国以外の国々が、どれだけそれを真剣に問題視しているのか、我輩は甚だ疑問なのである。


posted by 伊勢古十郎 at 18:21| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月03日

ブログ再スタート

久しぶりだ。

いや、久しぶりなんてものではない。前回このブログを書いた日付を見ると2008年12月22日となっている。
約1年半も前である。

我輩の気分としては、そんなに経ったとは感じていなかった。常々、このブログの続きを書かねばと思っていたので、こんなに長い間ほったらかしであったとは、我ながら驚いているのである。

当時このブログを読んでくれていたかも知れない人も、今では完全に離れ、もうこのブログを思い出すこともないかも知れない。でも構わない。そもそもこのブログは、我輩の思うところ感じるところを自由に書くつもりで始めたものである。
実は我輩コジューローにはもう一つブログがある。「音楽と生活・コジューローの日記」というブログである。まあ、そちらのブログも見て頂けると良いかなとも思うので、一応リンクを貼っておくので、物好きな方は見て頂きたい。自称、音楽家(ギタリスト)の端くれであると思っている我輩のブログらしく、「音楽と生活・・」といったタイトルがついているが、基本的には何でもありのブログである。
とは言っても、ギター演奏活動など音楽的な内容の記事が多いし、コジューローの活動紹介的な文面になっている。
要するにそっちのブログは、我輩の思いの丈をぶちまけて物申す!といった性格のものではないのである。そこでもう一つのブログ、このブログでそれをしようとしたのが、このブログを立ち上げた真の動機である。
まあ、思いの丈をぶちまけると言っても、それは例えの話で、何もここで愛しい人への告白をしようというのではない。例えば社会問題、政治、経済、世界情勢、外交、軍事、それらの基となる歴史、はたまた地域問題、人付き合い、マナーなどなど、この日本に日本人として生きている以上、様々な事に直面し、感じ、考えさせられ、思いを巡らせる事が非常に多いのである。
それら日頃思い感ずるところを、ここに表し、それによって自らの考えを整理し、まとめ、我輩の言動の指針とならしめることが出来れば、と考えてのことである。
情報過多のこの時代、しっかりとした自分の考えを持った日本人が、どれほど居るであろうか。我が国の今の宰相からして、非常に危ういものを感じる。情報を提供するマスコミの荒廃は目を被いたくなる。今こそ、国民一人一人が考え、勉強し、日本人としてのあり方、自らの考えをきちんと持たねばならない時であると思うのである。

このブログを始めた心は、当時(1年半前)も今も変らない。
初期スタートの記事は、自己紹介とそれに付随する形で「ギターとのかかわり」という連載記事を書いてきた。「ギターとのかかわり」は、尻切れトンボになっているが、またいずれ続きを書こうと思っている。
ただ当時、その記事が完結しないために、他の記事が書けなかった(終わらせずに別のテーマを書き始めるのはイヤだった。)経緯があり、再スタートにあたり、それにこだわるのはヤメようと思う。
この1年半の間に政権交代という大事件もあり、それをきっかけに色々考えさせられた。幸か不幸か、今、日本が非常に危うい状態にあることにも気付いてしまった。
危うい中で一人悶々とするよりも、自分の考えをきちんと表して行ったほうが良いであろう思い、このブログを再スタートさせることにした。


いやいや、書いているうちに何だか凄く大袈裟な感じになってしまったが、そういう気持ちもあるという程度に捉えて頂ければと思う。
何しろ「自由人・コジューローの日記」なのである。自由が何をしても良いということではないが、少なくとも言論の自由を認められた我が国であるから、何が書かれたとしても、このブログ上では我輩の個人的意見と捉えて頂きたい。

posted by 伊勢古十郎 at 18:04| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月09日

はじめまして(自己紹介)

伊勢古十郎(ペンネーム)である。
「いせ・こじゅうろう」と読む。
ニックネームは「コジューロー」ということにしている。
自由人・コジューローの日記 なるブログをスタートさせることにした。

初書き込みの今回は、我輩の自己紹介をしたいと思う。
まあプロフィール欄もあるが、詳しいことは何も載せていない。
そのうちに充実させて行こうと思うが、とりあえずは、ここでお話ししよう。

現在、年齢53才(昭和30年生まれ)男、である。
年齢は毎年変るものだから、現在と書いたのだが、男であることは何年たっても変らないから、ちょっと変な書き方かもしれない。
でも近頃は男が途中から女になることも珍しくない。
我輩は多分これからもずっと男なんだろうが、未来のことは分からないので、とりあえず現在としておく。

学歴は、大学中退。
工業高校を卒業して、推薦入学で工学部へ入ったが、卒業できずにやめてしまった。
自分なりの事情はまああるのだが、30年以上も前の話しだ、いまさらどうでも良いだろう。

職歴は、
魚屋勤務から始まり(実家の家業の魚屋を継ぐべく、修行に出た。)後、実家の魚屋勤務。
だが、社長(父親)と折り合わず首になる。(自分で出て行った形だが…)
その後、学生時代の勉強を活かし、機械設計事務所へ勤務し、図面をかく仕事に就く。
大手機械メーカーへ出向後、事務所へ戻ったが、他社機械設計事務所より誘いがあり転職。
数年後、図面だけの仕事に飽きたころ、設計製作メーカー(インディーズ)より誘いを受け転職。
やりがいを感じ夢中で働くが、半年ほどで社長がいやになり退職。
機械設計の仕事を請け負いでしばらくやってから、地元の会社に就職、機械部品のメンテナンスや設計製作の仕事をする。
我輩としては過去最高の7年間勤務したが退職。
我輩の退職を聞きつけ、依然いた設計事務所より再び声が掛かる。
他にやりたい事もあったので、これまでのように仕事ばっかりにしたくないのでと言ったら、あっさり条件を飲んでくれて再就職。
7年ほど務めて退職し、現在はこの設計事務所より出される仕事を、自宅でやっている。

機械設計の仕事が、ドラフターによる手書きからCADに変って久しいが、自宅で仕事が出来るようになったのも、CAD(パソコン)とインターネットのお陰である。

趣味は、
クラシックギター演奏。
既に趣味の域を抜け出てしまっているかも知れない。
12才の時より独学で始め、ず〜と独学で、というか適当に楽しみながらやってきたのだが‥‥、

おっと、この話は長くなりそうなので、次回にゆずろう。
現在はギター中心の生活と言っても良いかな‥とだけここでは言っておこう。

その他の趣味は、

テニス‥もちろん硬式。
仕事仲間(機械設計)と始めて、もう25年ほどになる。
以前はテニス中心の生活と言っても良いほど夢中でやっていたが、現在は、健康のためにほどほどにやっている程度。

山歩き
20代なかばのころ、休みのたびによく行った。
ほとんど近場の山だったが、八ヶ岳、北アルプス、南アルプスにも足を延ばしたこともある。
山を歩くと、頭の中が空っぽになるのが好きだった。
また行ってみたいが、今ではとうてい歩けそうもない。
だから、現在の趣味とは言えないなあ。

プラモデル
これは10代のころの趣味だな。
飛行機や軍艦、帆船、いろいろ夢中で作ったよ。
お小遣いはほとんど、プラモデルに化けた。
今でも自宅に作っていないキットがある。
そのうち、暇になったら作ってみたいとも思うが‥‥。


これはザルもザル、趣味とはいえないヘボである。
一時は夢中で勉強した頃もあったが、せいぜい5級くらいであろうか。
でも面白いゲームである。
今は85才を過ぎる父親が、夢中でやっている。
我輩としては、未来の趣味としておきたい。

グルメ
友人は我輩をB級グルメという。
だが、単なる食いしん坊である。
ダイエットしなければと思いつつ食べてしまう、情けない男である。

いかん、趣味についてはどこまでも書けそうだ、記事が終わらなくなるので次に行こう。

資格及び特技は、
クラシックギター演奏。
ギター専門家第二級免許(国際新堀芸術学院より)
2級機械製図技能士(現在もあるのだろうか?)
調理師(魚屋の時に免許を取ったが、現在はペーパー調理師)
普通自動車運転免許(ほとんどの人が持っている)
初級アマチュア無線免許(もうやってないし、内容も忘れた)
柔道初段(学生時代にやっていたが、弱い。特技とはいえないかも)
珠算6級(なんじゃこりゃ)

なるほど、こう書いてみるとギター以外に取り柄は無さそうである。

初回の自己紹介は、まあこれくらいにしておこう。
というか、書きすぎたかも知れない、ここまでこれを読む方が、どれだけいるであろうか‥、とも思う。

次回は、我輩とギターのかかわりについて書くつもりだ。

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posted by 伊勢古十郎 at 09:30| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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