2010年05月13日

看護師専門の求人情報サイト

 看護師専門の求人情報サイト「看護師転職ナビ」というWebサイトを見つけた。いや、我輩は看護師ではないので直接このサイトを利用することは無いのだが、2つの理由でちょいと気になった。

 理由の一つは、このサイトの名前である。前回記事で紹介した「風評被害対策ナビ」と何気に似ている。このわかり易いWebデザインの雰囲気も似ている。うんこれは多分‥と思ったら、やはり同じ鰍cYMの管理サイトである。この会社、医療系コンテンツに力を入れているだけあって、このサイトもその一環なのであろうと推察する。DYMのホームページを見てみると、利益のみを追求するIT企業の多い中、好感の持てるきちんとしたコンセプトを持った会社であることが伺える。ちょっとファンになってしまいそうな気のする我輩である。

 理由の二つめは、我輩には病院に勤める薬剤師の友人がいて、時おり病院の裏事情も耳に入ることもあって、看護師 転職 とか 看護師 求人 といった言葉にピクッとしてしまうのである。もっとも薬剤師 転職 とか 薬剤師 求人 だったらばさらにピクピクしたかも知れない。「薬剤師転職ナビ」というのもあっても良いのではと思う我輩である。

 さて、この「看護師転職ナビ」であるが、いや我輩は、今いる病院をやめて他の病院に移りなさいと勧めるものではない。しかし色々な事情から転職を考えている、また、考えようとしているという看護師さんには、一度このサイトを覘いてみることをお勧めする。求人情報はもちろんのこと、転職成功ノウハウや就職祝い金制度などもでている。
 まあそうだな、今のところ転職を考えなくてもよい人でも、看護師さんなら先々を考えとりあえず「お気に入り」に入れておくのが良いかも知れない。

リンクはこちらである↓
看護師を探すなら看護師転職ナビへ。看護師さん向けの素敵な転職サイトです。


posted by 伊勢古十郎 at 00:55| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月11日

いわれ無きネット風評被害 対策手段はあるのか?

 ネット炎上という言葉を聞く。これはインターネットのサイト上で、その管理者の意図する範囲を大幅に超て、非難や批判のコメントが殺到している状態をのことを言う。
炎上中のコメントの中には、もちろん正当なコメント、意見もあるだろう。しかしこれに乗じた誹謗中傷も多く、中には単なる憂さ晴らしの為に書かれたとしか思えないものもある。
 インターネットの普及により、個人が自由にモノを言い、それを多くの人に簡単に伝えることが誰にでも可能になった。我輩ごときの拙い文章だって、こうして読者の眼前に広げる事が出来るのである。これは画期的なことである。と同時に危険なことでもある。
 もし我輩が、ある人間、もしくはある団体・企業に恨みを持ち、悪意をもってその相手を誹謗中傷する記事を書いたらばどうであろうか? このブログだけでは影響力は余り無いだろうが、人気掲示板やSNSなど、その気になればネット上ではモノ申すところはいくらでもあるのだ。

 クレーマーと呼ばれる人たちがいる。直接文句を言ってくるクレーマーには、対処も出来るだろう。書店に行けばクレーム対策本も出ているし、マニュアルもある。企業によってはクレーム対策専門部署を設置しているところもあるくらいだ。
 クレームをつけたが撃退されたクレーマーは、ネット上で仕返しと憂さ晴らしをするだろう。直接クレームをつけても撃退されると分かっていれば、初めからネットで攻撃するに違いない。
 一億皆評論家とも言う。ここで言うのは、名のある本職の評論家ではない。本職の評論家であるならば、自らの言葉に責任を持つであろう。ここで言うのは、責任感のかけらも無く実行力もない似非評論家である。インターネットは似非評論家のこの上ない活躍舞台なのである。
 また、青い鳥症候群に見られるように「自分には一切問題がなく、企業や社会が悪い」と考える者や、学校においてモンスターペアレントと呼ばれる自己中心的な保護者など、自分の非を省みることもなく、相手を非難することをはばからない連中にとって、ネットは格好の武器となるのである。

 これらの人間を作ってしまった根本原因は、戦後日本の甘え教育にあると我輩は考えるが、今日はそれには触れない。
 ここで言いたいのは、これらの者達により被る、いわれ無きネット風評被害に対し 対策手段はあるのか?という問題である。これらの者達から発せられた自分勝手な誹謗中傷記事が、その矛先となった団体・企業・個人のイメージを少なからず低下させることは、充分考えられるし、実際にその風評被害を受け、受注を減らした企業も多いのである。
 こう書くと、お前は悪徳企業に加担するのか!という向きもあるかも知れない。 が、
そうでは断じてない。そもそも何をもって悪徳企業というのか?多くの企業殆どの企業は、善良で、自らの糧を稼ぎ、社会の役にたっている。当たり前である。それによって経済も社会も生活も成り立っているのである。自分の意が通らないからといって誹謗や中傷によって貶めようとする行為を、誰が容認できるであろうか。

 少々長くなった。結論を言おう。

 対策手段はある!

 いくつかの企業・団体がこれらネットの風評被害に対する対策を打ち出している。
ここでは一つ、鰍cYMの「誹謗中傷・風評被害対策ナビ」というのを紹介しておこう。インターネットのエキスパート集団で、ネット上のあらゆる風評被害に対応してくれる。もし、この手の被害にあっているならば、相談してみることをお薦めする。
 下にリンクを貼っておく。

 こちら⇒風評被害 対策

posted by 伊勢古十郎 at 00:11| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月10日

川も森も死んだ

 9日の朝日新聞朝刊で、パプアニューギニアの銅山、オク・テディ鉱山による被害が一面に掲載されていた。「川も森も死んだ」という大見出しで、いかにも朝日らしい書き方だと思いながらも、記事を読んだ。
 普段ならこの手の記事に目を止めない我輩であるが、実は先日(7日)足尾に行ってきたばかりなのである。栃木県日光市足尾町、あの公害で有名な足尾銅山である。観光地日光に近く、足尾から山一つの所に中禅寺湖がある。

 なぜ足尾に行ったのかと言うと、我輩の身内が勤める某外資系企業が、日本での社会貢献ボランティアの一環で、足尾に植樹をすることになり、その下見にその身内の者が行くというので付き合ったのだ。

 その昔、製錬所の煙突からでる煙、亜硫酸ガスなどによる煙害で、一面禿山となった足尾の山々に、緑を復活させようとする植樹事業は、現在、国土交通省とNPO法人「足尾に緑を育てる会」が進めている。今回の植樹は、その「足尾に緑を育てる会」を通じて行うことになっている。
 応対してくれた「育てる会」のA氏は言う。
 「今でこそ草木もはえ、山に緑も多く見られるが、私が子供のころは見渡す限り地肌がむき出しの禿山で、遠足の時など道端に草の一本も見つければ、それこそ珍しいといった状態でした。」 A氏の年齢は見たところ60代くらいであろうか。
 煙はある高度までしか上がらないので、頂上までは達しなかったようで、禿山のてっぺんに毛がチョロンチョロンというような形容をして、当時の様子を話してくれた。
 A氏たち地元のグループが、花見がしたくて桜の木を植えようとした、というのが一番初めのきっかけで足尾の植樹は始まった。その後、国も乗り出し、A氏らのグループも現在はNPO法人となって、進められている。
 既にかなり広い範囲に植樹がされてきているが、この山が本当に緑となるのはまだまだ先のこと。この事業が、次世代、次々世代と受け継がれていって、漸く達成される事なのであろう。

 足尾銅山は今や公害を出す山ではない。足尾製錬所は、実は日本で初めて公害(煙害)を出さないように改良された製錬所である。ちなみに世界では2番目とのこと。そして、その技術は世界に広がっているというのだ。しかし、足尾の山に本当の緑が戻るのは、何十年も先(もしかすると百年以上先?)なのである。

 パプアニューギニアの記事を冒頭に書いたが、世界には、まだまだ、かつての足尾銅山のような所がある。地球環境問題が叫ばれる昨今であるが、日本や先進国と呼ばれる国以外の国々が、どれだけそれを真剣に問題視しているのか、我輩は甚だ疑問なのである。


posted by 伊勢古十郎 at 18:21| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月03日

ブログ再スタート

久しぶりだ。

いや、久しぶりなんてものではない。前回このブログを書いた日付を見ると2008年12月22日となっている。
約1年半も前である。

我輩の気分としては、そんなに経ったとは感じていなかった。常々、このブログの続きを書かねばと思っていたので、こんなに長い間ほったらかしであったとは、我ながら驚いているのである。

当時このブログを読んでくれていたかも知れない人も、今では完全に離れ、もうこのブログを思い出すこともないかも知れない。でも構わない。そもそもこのブログは、我輩の思うところ感じるところを自由に書くつもりで始めたものである。
実は我輩コジューローにはもう一つブログがある。「音楽と生活・コジューローの日記」というブログである。まあ、そちらのブログも見て頂けると良いかなとも思うので、一応リンクを貼っておくので、物好きな方は見て頂きたい。自称、音楽家(ギタリスト)の端くれであると思っている我輩のブログらしく、「音楽と生活・・」といったタイトルがついているが、基本的には何でもありのブログである。
とは言っても、ギター演奏活動など音楽的な内容の記事が多いし、コジューローの活動紹介的な文面になっている。
要するにそっちのブログは、我輩の思いの丈をぶちまけて物申す!といった性格のものではないのである。そこでもう一つのブログ、このブログでそれをしようとしたのが、このブログを立ち上げた真の動機である。
まあ、思いの丈をぶちまけると言っても、それは例えの話で、何もここで愛しい人への告白をしようというのではない。例えば社会問題、政治、経済、世界情勢、外交、軍事、それらの基となる歴史、はたまた地域問題、人付き合い、マナーなどなど、この日本に日本人として生きている以上、様々な事に直面し、感じ、考えさせられ、思いを巡らせる事が非常に多いのである。
それら日頃思い感ずるところを、ここに表し、それによって自らの考えを整理し、まとめ、我輩の言動の指針とならしめることが出来れば、と考えてのことである。
情報過多のこの時代、しっかりとした自分の考えを持った日本人が、どれほど居るであろうか。我が国の今の宰相からして、非常に危ういものを感じる。情報を提供するマスコミの荒廃は目を被いたくなる。今こそ、国民一人一人が考え、勉強し、日本人としてのあり方、自らの考えをきちんと持たねばならない時であると思うのである。

このブログを始めた心は、当時(1年半前)も今も変らない。
初期スタートの記事は、自己紹介とそれに付随する形で「ギターとのかかわり」という連載記事を書いてきた。「ギターとのかかわり」は、尻切れトンボになっているが、またいずれ続きを書こうと思っている。
ただ当時、その記事が完結しないために、他の記事が書けなかった(終わらせずに別のテーマを書き始めるのはイヤだった。)経緯があり、再スタートにあたり、それにこだわるのはヤメようと思う。
この1年半の間に政権交代という大事件もあり、それをきっかけに色々考えさせられた。幸か不幸か、今、日本が非常に危うい状態にあることにも気付いてしまった。
危うい中で一人悶々とするよりも、自分の考えをきちんと表して行ったほうが良いであろう思い、このブログを再スタートさせることにした。


いやいや、書いているうちに何だか凄く大袈裟な感じになってしまったが、そういう気持ちもあるという程度に捉えて頂ければと思う。
何しろ「自由人・コジューローの日記」なのである。自由が何をしても良いということではないが、少なくとも言論の自由を認められた我が国であるから、何が書かれたとしても、このブログ上では我輩の個人的意見と捉えて頂きたい。

posted by 伊勢古十郎 at 18:04| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。